日日帖

物・からだ・習慣・日々の想いにまつわる記録

平等

 

生まれたら、生が尽きる時が来る

時間は、有限という

あたりまえの摂理・平等がある

 

あまり知られていないけど

実は誰れでも無限を持っている…と、思う

 

「想像力」は、無限だ。

 

赤ちゃん、子供、老人、病人

富豪、貧者、政治家、庶民

善人悪人に関わらず

誰でも持っていて、

自分の内側で秘かに

無限に広げることができる

 

例えば「たら・れば」

 

ここから文学や、科学や技術が

生まれて、現実のかたちとなったり

心の糧になって、人のちからになる

 

人のこころに幸せや不幸せが、生まれる

 

よく「たら・れば」は

妄想というかたちで使われるし、

よくない意味でも呼ばれている

 

私もそう思っていたけど

そうだろうか?

 

どんな幸せ不幸せも、表裏一体ならば

「たら・れば」も、使いようではないか?

 

ずいぶん悪いほうへ使っていた

 

ああだったら、どうしよう

こうなら、いやだな…などなど

 

幸せに…心地よく感じるほうへは

あまり熱心に使っていなかった

 

ああだったら、いいな

こうなると、うれしいな…

 

そう思いながら毎日暮らしたら

限りある時間を、じょうずに使えそう

 

…な、気がする